ニッポンの中のアジア まかりとおる推定有罪 #6
イタリア土産も「領置」されてしまった
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張さんからの手紙 Vol.6
暑中お見舞い申し上げます
今年も最高気温の観測記録を更新する勢いの猛暑日が連日続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか? まだ7月にこれだけの暑さですので、8月に入ればいったいどうなってしまうのでしょうね。
おかげさまで私はここのフロアで最も冷房のきいている所に移されて、去年の夏よりずっと涼しい夏を過ごしております。
実は、控訴棄却判決以後の何日かを放心状態でボーッとしていましたので、「こいつは多分何か起こすのでは!」と恐れたのか、担当台のすぐ隣の舎房に転房させられているのです(苦笑)。すでに定期転房の期限(6ヶ月)を過ぎたのに移動する気配がないのをみると、このまま要視察人物のレッテルを貼られたのでしょうね。
送って下さったイタリアからの絵はがきとシオリは大変嬉しく拝見させて頂きました。しかし残念ながらご心配の通り、舎房内の所持はできず、一度文字通り「拝見!」だけで領置されてしまいました。何故舎房内の所持ができないのかと問うと、「規則だから!」と言われました。
施設側としては、あくまでも「推定有罪」の原則を忠実に守るつもりなのか、最低限の生活用品と訴訟必須品以外はすべて贅沢品か危険物扱いにしているのです。
こういう不自由な収容生活をさせられていること自体が、刑罰なのではありませんか?
「先罰後裁主義」が当然視されている世論の中では、推定無罪の原則がむなしい限りです。
送って下さったシオリなどは、自由の身になれた日の楽しみとしてとっておきます。
ありがとうございます。
夏ばてのことを韓国では「暑さを喰う」と表現します。暑さを喰われないためには、犬の肉や参鶏湯(サムゲタン)と言ったスタミナ料理を食べる風習があるのですが、確か日本にも土用の丑という似たような風習がありますね、連日の猛暑に暑さを召されませんよう、どうぞご自愛下さい。
2008年盛夏
無実の張禮俊より
拘置所には厳しい規則があり、私物の持ち込みは禁止されている。そのことを知ってはいたが、7月始めに出したお便りにイタリア土産の栞(しおり)をあえて同封した。読書家の張さんに役立ててもらいたかったし、いつもと違うたたずまいのモノを身近に置くことで、少しでも独房の気分を和らげてもらいたかったのだ。
だが、そんな世間のごく普通の考えは拘置所では通用しない。手紙にもあるように「規則だから」と携帯は許されず、一瞥の後「領置」されたと知った。紙製のシオリが危険物なのだろうか? 贅沢品なのだろうか?
拘置所ではそう考えているようだ。控訴や上告中の被告人でもすべて罪人扱いだから、罪人には用のない贅沢品であり、罪人には持たせてはいけない危険物と見なす。いくら規則とはいえ、冤罪者はたまったものではない。
さて、みなさんは「領置」という言葉をご存じだろうか?私も正確な意味を知らなかったが、今は理解している。なぜなら、張さんが書いた外国人被拘置者のためのガイドブックの草稿を読ませてもらったからだ。
その中で、彼はいくつもの拘置所特有の言い回しを解説してくれていて、「領置」も含まれていた。
「入所した際に持ってきた品物(現金を含む)や収容中に差し入れなどにより取得した物品はすべて施設側が保管する」。これを「領置」という。
*領置物品のうち、舎房で使えるものについては引き渡されるが、あとは預かりとなる。
*限度量は、55リットル容積の領置箱3個分。これを超えた場合は、親族や知人に「宅下げ」、または廃棄しなくてはならない。
* 倉庫保管を頼む場合は、「願箋」に所定どおり書いて提出する。
* 倉庫は地下にあるので、洋服類は洗濯後に預けるほうがいい。
* 「領置」してある品物を舎房に取り寄せるには、「願箋」を提出する。すると5〜7日後に手元に届く。
* 廃棄したい物品がある場合にも、同様に「願箋」を提出する。
などなど、規則づくめの生活ぶりは、所持品ひとつにも及ぶ。食べ物や日常品の購入も、不服の申立も面会も、すべてが申請書である「願箋」を使ってなされるから、日本語のわからぬ外国人には不自由この上ない。そこで、張さんは外国人のためにガイドブックを書いたのである。(その内容は日本の一般市民にも十分役立つ)懇切丁寧に拘置所内の規則や一日の生活が紹介されていて、万が一、冤罪で入所したなら、第一日目から迷うこともないだろうと思われる。
東京拘置所には、現在、英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語、ペルシャ語の通訳が勤務しているという。
だが、彼らはプロではなく、多少外国語が出来る刑務官である。彼らは通訳の他、手紙や書類、パンフレットなどの翻訳も受け持っている。
こうした人々が何人いるかは知らないが、張さんが外国人のためのガイドブックを書こうと思ったくらいだから、実際は足りていないし、十分に機能していないのだろう。
彼のガイドブック草稿はA-4用紙に106枚。それに精密な手描きのイラストが15p分も付く労作である。
現在、ごく一部の人権団体や弁護士事務所に置かれているそうだが、中国語やハングル語、ペルシャ語、スペイン語、ポルトガル語、英語など、いくつかの言葉に翻訳すればどれだけ助かる人がいるだろう。
張さんのたゆまぬ努力にはほんとうに頭が下がる。今回のお手紙は、暑中見舞いらしく、端正なタッチで可愛らしいテントウムシと貝殻のイラスト入りだった。