平野久美子 TOP TOPICS JORNEY TAIWAN DOG BOOKS TEA
第十一回 ついにその日が・・・・りきゅう、旅立つ
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 2012年12月18日午后2時27分、りきゅうが旅立った。私と息子星良と主治医の先生に見守られて静かにその生を閉じた。

 昨年の9月に突然脚が利かなくなって12月末から歩けなくなり、寝たきり生活が続いていたが、看病する私は、介護休暇をとってでもりきゅうのそばにいたかった。、ここにいたるまでは葛藤の連続だったが、最期の表情が微笑みを浮かべていたので、どんなに私は救われたことだろう。

 りきゅうちゃん、たくさんの思い出と愛情をありがとう。18歳と3ヶ月の長寿をまっとうしたね、りきゅう、またどこかで合おうね、そのときは、全速力で駆けてきてよね・・・・

 12月2日から11日までの予定で台湾へ行っている間、末期がんを宣告されていた叔父か、それともりきゅうか、どちらが先に旅立ってしまうのかと気が気ではなかった。(結果、叔父が6日に亡くなり、私は予定を繰り上げて10日に帰国)

 留守の間は妹宅で過ごしていたのだけれど、そこでできた床ずれがどんどんと広がり、12日に迎えに行ったとき免疫力、体力が落ちていることを実感し、愕然とする。

 それから約6日間、。眠り薬を飲んでもりきゅうが寝られないのは、身体に不具合が起きていたのだろうし、不安でたまらなかったのかもしれない。夜中にりきゅうを抱いて、赤ん坊のようにあやして夜が明けたこともあった。かぼそい鳴き声が「イヤー」「iya-」と聞こえて、早く楽にしてあげたいと日々思うようになった。床ずれは手当てしても広がるばかりで、これには途方に暮れた。

 ここまでがんばってくれたのだからもう楽にしてあげたいという気持と、ひょっとして回復の兆しが現れるかもしれないという希望的観測の間で行きつ戻りつし、りきゅうにとってベストの選択を決めかねた。私はほんとうに悩んだしかし、ずっと以前からりきゅうがお世話になり、そして昨年9月の病気以降、面倒を見てきた獣医さんと連絡を取っていたので、ついにその日が近いことを覚悟せずにはいられなかった。先生も「いつでも申し出て下さい」とおっしゃってくださっていたので、ついに決断を下すことができたのである。こういうときの獣医さんのひとことはどれだけ飼い主の肩の重荷や自責の念を取り去ってくれることか・・・感謝に堪えない。
 
 18日のお昼過ぎ、車で横浜から目黒区緑が丘の医院へりきゅうを連れて行った。

 車中でも鳴き声を発しない。昔は車が大好きで、助手席に座りたがってしかたなかったりきゅうなのは、いま、簡易ベッドに横たわり自分がどこへ連れて行かれるかも無関心状態だ。

 医院に到着すると、顔見知りの看護師さんたちが「りきゅうちゃん、ひさしぶりね~」とやさしく迎えてくれた。診察室で症状を診てもらったが、やはり延命のための措置よりも安らかに見送ろうということでお願いする。

 前脚の静脈に注射をさし、ゆっくりと薬が流れていく。りきゅうは「え?なんなのこれ??」という顔をして私を見たけれど、次の瞬間には意識がなくなっていた。それからもうひとつの薬を投与。

 15分後に「すべて処置も終えました」という先生の言葉に促されて診察室へ入ると、りきゅうが微笑んで横たわっていた。いつもどおりのりきゅうだ・・・思わず「りーちゃん・・・」とほおずりをすると温かい。柔らかい。でももう動かない。「がんばったね、楽になったね」。そこまで言うのが精一杯。見送って下さった医院の先生方に挨拶をして、小さい頃の写真をお見せしてしばしりきゅうを語ったあとで、星良とふたりで葬儀場へ向かった。後部座席に横たわるりきゅうは、行きの時と変わらなかった。

18日朝のりきゅう。病院行きを前にして
微笑んで逝ったりきゅう。
病院から葬儀所へ移動する
 最近のペット葬儀はまるで人間並いだ。喪服に白手袋の係員に誘導されて入棺の儀、読響、出棺の儀。火葬場に立ち会ってお骨を拾うことも出来るし、その後の法要もある。 だが、我が家は神道なので、(犬には関係無いことだけれど)別途自分たちで供養をすることにして、個別火葬だけお願いしてきた。

 お骨のいれものが、またまた人間と同じ。白地の壺に白木の箱だ。骨壺は、後日、私が陶芸教室で作ってあげることにするが、とりあえず葬儀場で用意して貰う壺に入れることにした。なんでも頭蓋骨のかたちがそのまま残るので、広めがよいとか。人間の遺体の場合、頭蓋骨はえびせんのようにうすっぺらな部分だけになってしまうけれど、動物は違う。「なるべくきれいにかたちが残るよう火葬させて頂きます」と係の人がしみじみと言うので、おまかせすることにした。

 りきゅうの遺骨はしばらく自由が丘の家に置いておいて、温かくなったら父といっしょの墓園に納骨しよう。

棺に入ったりきゅう。
このあと家族写真とお守りを入れた
燃え尽きし小さな命のかたわらに 紅の葉凛と寄り添う
 りきゅうは保健所の処置犬だったが、里親となったことで我が家にやってきた。第一日目からクークー泣きもせず、ほんとうにお行儀のよい我慢強い子だった。穏やかな性格は18年たった後も変わりなく、やさしい器量よしだった。

 散歩に連れ歩くと、「なんて可愛いわんちゃん」とよく言われ、ほとんど女の子に間違われた。最期まで毛並みの艶がよく、とても18歳の老犬に見えなかった。それが私の自慢でもあった。りきゅうといっしょに過ごした日々は、私の大切な宝物だ。こんなに絆が深まっていたとは・・・、亡くなってみて痛感している。

2012年1月。目指す18歳は達成できた
ぬくもりの残りし毛布かき抱き 涙の海を漂流す
 りきゅうは今頃、待ちわびている父の元へ昔日の俊足で駆けぬけていっているだろう、それを「りきゅうや、こっちだよ」と父が迎えるに違いない。そして利休自身のパパやママ、いっしょに捨てられていた兄弟たちにも合うだろう。

 ほんとうの、しっぽのあるママの胸に飛び込んでりきゅうも甘えられるんだ。りーちゃん、長い間ありがとう、たくさんの思い出と愛情を決して忘れません。いつかきっと合おうね、そのときは「りーりー!」って呼ぶから、美しい姿でダッシュしてきてね。

 さようなら、りきゅう・・・

昔日の俊足いかし天翔けよ 待ちわびし父の元へと