平野久美子 TOP TOPICS JORNEY TAIWAN DOG BOOKS TEA
第八回 りきゅうと亡き父が重なる夏
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  昨年の9月10日に急変を起こしてからもうすぐ一年。寝たきりになってから半年になります。みなさまからもりきゅうへのお見舞いの言葉をメールなどで頂戴し、ほんとうに感謝しております。

  この間、獣医さんのサポートもあってずいぶんがんばってきたのですが、このところ暑さのせいか体調がおもわしくありません。夜はクーラーを弱にしてアイスノンを枕にしているのですけれど、それでも犬にとって連日の猛暑はそうとうつらいのでしょう。
  昨今、自宅で大往生する自然死が巷間の話題にのぼっていますね。私の父がまさにそのお手本のような逝き方をしたので、病院で薬漬けになり点滴の管でつながれる最期だけはごめんこうむると固く思うようになりました。

  父は2年前の夏から調子を崩し、その年の9月23日に亡くなりました。あっというまの出来事でした。とはいえ、ちょうど執筆で毎日家にいたものですからつぶさに様子を見ていたところ、8月の末には食欲が落ちてしまい、9月10日過ぎからほとんど食べなくなりました。死期が近づくともう食べ物は必要なくなるんですね、それを無理矢理胃瘻という方法で、体内に栄養を流し込んでも意味はないと思います。

  父が最後に食べたいと話したのは好物の鯛茶漬けでした。あの夏、暑さの盛りに背中をじりじり灼かれながら、父の気に入りだった魚やさんにとびきり美味しい鯛の刺身を買いに行ったことを想い出します。三つ葉と生のワサビをスーパーで買って戻り、心を込めて作ったのですが、残念ながらほとんど食べられず、あとから部屋へ行ってみると茶碗が枕元にひっくり返っていました。それが食事らしい食事をとった最後でした。そして10日も経たないうちに眠るように枯れるように亡くなったのです。
  「軍隊体験をしたから、どんな苦痛だろうか苦労だろうがへっちゃら」と常々話していたように、弱音も吐かず、苦しいとも訴えず、誰にも迷惑をかけずに亡くなりました。

  いかにも父らしい最期でした。私はそれまで父をほとんど評価しておりませんでしたけれど、亡くなり方の潔さは見事でした。ひとりで静かに逝ってしまいました。娘として何もしてあげられなかった、という後悔が、りきゅうの介護にかりたてているのかもしれません。

  現在のりきゅうの様子は、父の最期を彷彿させるようです。まだ多少食欲はありますけれど、じょじょに受け付けなくなるのでしょう。具合の悪いときはお昼過ぎまで目を閉じて寝ています。死に顔はこういう顔なのかしら・・?と思うような穏やかな表情です。それを眺めていると、我が家へ来たばかりのあどけない表情や、若さにあふれて弾丸のように走っている姿、リードにじゃれて素晴らしい跳躍力を見せたりきゅうが、次々に浮かんで来ます。きっとりきゅうも、夢の中ではあの日のようにぴょんぴょん飛んだり、公園や庭を走り回ったりしているのでしょう、ときどき、麻痺した足がぴくぴくっと揺れ、宙をかいています。

  今では四肢がつっぱってしまい、目もほとんど見えぬ状態ですし、おむつをして床ずれをかかえるりきゅうです。でも、動物たちの尊厳に満ちた表情はどうでしょう!決して弱音を吐かず、現実と正々堂々向き合っています。父もいぬ年でしたから、似ているなあ、なんて感じるのですが、私はこんなに平常心で死と向き合えるだろうか? と自分に問う毎日です。

あとどれくらい命がもつのかわかりませんが、別離の日はそう遠くないでしょう。りきゅうと過ごす最後の夏が、今日も暮れていきます。