9月14日から中国陝西省へ出かけた。そこでの用事を済ませた後、北京へ移動。ここから河北省へ行ったりもして、中国の経済特区のプロジェクトの一環としての教育現場を見学。そして、最終日前夜の9月20日。北京の日本倶楽部（元の日本人会）で、�ｹ麗君(テレサテン)に関する講演をして来た。参加者は駐在員の方ばかりでなく、日本文化に興味を持つ中国人の方もいらして、どのような反応がおきるのか、こちらも楽しみにしながらお話をさせていただいた。

ご存知のように、彼女は、中華民国と中華人民共和国という二つの祖国を背負いながら、自身の出自に苦しんできたが、最終的には、文化的アイデンティティである『華人』に、自分自身を見出し、国境を超えた人気を獲得した。死後、ますます華人社会の文化的アイコンとなっているのも、彼女が、華人宣言をしていたからだと私は思っている。
（このことは、加筆した『テレサ・テンが見た夢』2015年度版・ちくま文庫　に書きました）

思えば、1983年、香港での15周年記念リサイタルを取材して以来、�ｹ麗君にまつわるさまざまなことを書き続けて、すでに長い時間が経つ。その間、私は、華人社会とこの歌手の結びつきの強さを実感するばかりである。

彼女の天才的な歌のうまさはさておき、一家の歴史を抜きに、�ｹ麗君の歌声は語れない。両親が国共内戦で敗れた蒋介石とともに台湾へ渡ってきたこと、中国人として台湾で育ったこと、小さい頃の貧乏生活、それでも明るく歌を支えに生きて、トップ歌手に上り詰めたこと・・・・などなど、波乱の人生を送った彼女。

そうした昔のこと、特に、戦前の一家の歴史を語れる人はわずかになっている。そこで、いまのうちに遺族や親族から話を聞いて、講演ではなるべくメディアで報道されていないことをお伝えしている。それは、一歌手の生き様から、日本と東アジアとのかかわり、特に近現代史を振り返ってもらいたいからだ。

もうひとつは、�ｹ麗君と言う歌手が、日本とアジアを大衆歌謡で結び付けてくれた功績を、もっと多くの人に知ってもらいたいから。彼女のおかげで、私たちは中国へ行っても台湾でも香港でもヴェトナムでもマレーシアでもシンガポールでもインドネシアでも、世界のチャイナタウンでも、同じ気持ちで彼女の歌を歌い、偲ぶことができる。

北京で、まさに華人文化にまみえながら活躍する駐在員の方々に、�ｹ麗君の話は響くものがあったようだ。今まで考えていた彼女のイメージと、全く違う話を聞いて驚いたという方もおられた。そんなわけで、多くの方と話が非常に盛り上がった。

私にとっても有意義な時間を過ごすことができて感謝している。