平野久美子 TOP TOPICS JORNEY TAIWAN DOG BOOKS TEA
愛知県にミニ地下ダムがある「神屋堰堤」見学記
 
TOPICSトップへ
 「ご著書の中で触れている神屋堰堤は現存しております」

こんな指摘を愛知県豊田加茂農林水産事務所 建設課の近藤文男氏から頂いたのは2009年の秋頃だった。実は拙著『水野奇跡を呼んだ男』の中で、鳥居信平が造った二峰圳に続く古い地下堰堤は、昭和10年建造の神屋(かぎや)堰堤だが、現在は使われていないと記述してしまったのである。(二刷りでは訂正しました)ところが、これを読んだ近藤氏が現地を調査し、今もちゃんと活躍していることを確認、お手紙を下さったわけだ。



 そこで、3月26日に水利専門家の山本光男先生とごいっしょに現地を見学してきた。

以下、ごく簡単ながらご紹介しよう。

名古屋からローカル線に乗り換え「高蔵寺」駅で下車、車で20分ほど走ったのどかな春日井市の田園地帯に神屋堰堤はある。愛知用水の水路もすぐそばを走っている。

神屋堰堤は、昭和10年に開墾された農地の灌漑用に作られ、伏流水を堰き止めたミニ地下ダムで、現在も11ヘクタールの農地を潤している。このあたりの養蚕業は昭和の初めの恐慌で打撃を受けたため、失業対策の意味もあって開墾事業が行われようだ。



 「付近を流れる内津川(うつつがわ)は、昔から“神屋のから川”と呼ばれていたほど水が干上がる川でした。そこで当時の町長が県の関係者と相談してこの工事を始めたと聞いています」

こう話すのは小さい頃工事の様子を見た覚えがあるという毛利元孝さん。

伏流水の「打ち上げ」工事は昭和8年から始まり、深さ9,09メートル、幅14,54メートル、長さ363,6メートルに地下を掘り、そこへ幅1,82メートルの粘土の堰堤を敷設、3本の開水路を設けて水田を灌漑した。湧き出る水と格闘しながらの難工事だったという。

「ええ、けが人もたくさん出ましたよ、大変な工事だったことを覚えています」(毛利さん)

工事総費用は63190円だった。



 田んぼの中に一本の筋のように透明な水路が延びる。春めいた日差しに輝く伏流水は見とれてしまうほど澄み切っていて、今でも石を積み上げた隙間から間断なく水が溢れ出ている。「二峰圳」とは比べものにならないほど規模は小さいが、伏流水を堰き止めた工法は「二峰圳」をお手本にしたのだろうか?と思えるほどそっくりだ。

「誰がこの工法を提言したのか、設計者は誰なのか、肝心のところがわかりません。もしかすると鳥居さんとどこかでつながっているかもしれない・・・・。いずれにせよ、当時の資料が出てくることを祈るのみです」(近藤さん)

  堰堤の脇には「水利民生」と刻まれた石碑も建っているが、小さな地下ダムにはまだ多くの謎が隠されている。地元の田畑を美しい伏流水で潤すこの施設は、先人の知恵を結集して作られたもの。この先も貴重な土木遺産が、未来につながっていくことを祈念してやまない。

*問い合わせ先 愛知県豊田加茂農林水産事務所 建設課

〒471-8566 豊田市元城町4-45

FAX:0565-32-4720 
内津川の底に見える堰堤
昭和8年当時の工事の様子
こんこんと溢れ出る伏流水
石碑の前で
田畑の中を流れるダムの水
内津川の様子